なぜ宝くじの価格はそんなに高いのか?

宝くじはギャンブルの中でもプレイヤーに最も不利である(胴元に有利である)ゲームのひとつです。日本の宝くじを見ると売上の45.7%しか払い戻されていません。(参考: 宝くじ1枚の中身|財団法人日本宝くじ協会) 私は今までギャンブル全般において、一見ネガティブに見えるゲームが驚くようなアイディアやスキル、または偶然の機会によってプレイヤーにポジティブとなるケースを数々見てきました。しかしながら50%超というハウスエッジは、どんなスキルやチャンスを以てしても、おそらく打ち勝つことができない大きな壁であると思われます。

ハウスエッジとはすなわちギャンブルという商品の価格です。だから商品の供給者であるカジノ側はなるべく高く売りたいし、消費者であるプレイヤーはなるべく安く買いたい。そして需給が均衡するところで価格が決定される、はずです。ところが実際は購入するのは愚か者だけだと罵られるほどの高い価格となっています。なぜ、宝くじという商品の価格はこれほどまでに高いのでしょうか?

市場の独占

日本の場合はなんといってもこれが一番大きな要因です。改めて独占市場の弊害を述べる必要はないしょう。

モラルや価値観の論議はさておき、宝くじを買いたいという需要は決して無くなることはありません。いくら規制してもアングラ化するだけです。ブラックマネー市場を産み出すくらいならいっそ政府が管理して運営する、というのもひとつの案でしょう。しかしながら政府の管理運営⇒失敗という構図は、歴史を振り返るとさして珍しいものではありません。1年で1兆円超の売上がある宝くじ、運営が失敗しているとは言いませんが、例えば上に紹介した宝くじ1枚の中身にある印刷経費や売買手数料の14.2%=1400億円という数字を見ると、もう少し効率的な運営方法があるのでは?と思ってしまいます。

供給側からみた価格

では競争市場の下では、もし刑法187条が撤廃され誰でも宝くじを発行できるようになったとしたら、宝くじの価格=ハウスエッジは下がるのでしょうか?下がることは下がります。おそらく、10%以下は実現可能でしょう。しかし、他のギャンブルと比べると依然としてハウスエッジは高いままであると思われます。なぜでしょうか?まずは供給サイドであるカジノ側の事情を見てみましょう。

これは、カジノゲームそれぞれの時間あたりのプレイ回数、ハウスエッジ*1、$100ベットした場合の収益です。

Game round/hr house edge return/hr
Baccarat 72 1.20% 86.40
Craps 48 1.58% 75.84
PaiGow 30 1.65% 49.50
Spanish21 75 2.20% 165.00
Roulette 38 5.26% 199.88
BigSix 10 15.53% 155.30

ゲームによってハウスエッジや時間当たりのプレイ回数にはかなりの差があります。もちろん価格が高ければ需要が減少するのですが、需要を固定した場合に価格と時間当たりの収益は比例しません。例えば PaiGow はより価格の低い Baccarat より儲からない。理由は明白で時間当たりのプレイ回数、すなわち回転数に差があるからです。安い価格とは、回転数によるカバーつまり薄利多売構造の上で成立しており、宝くじのような1時間に60回70回の回転が実現的でない商品の価格は高く設定せざるをえないのです。もちろん、カジノが価格戦略はもっと複雑でこの他にも消費者の選考など様々な要因を考慮しています。回転数はその中のひとつに過ぎませんが、重要な要因のひとつでもあります。

消費者からみた価格 〜 ロングショット・バイアス

消費者であるプレイヤーはこのギャンブルという商品の価格=ハウスエッジをどう捉えているのでしょうか?実は消費者は効用に対するコストという認識はあるのものの、必ずしもその価格を正しく評価しているわけではありません。その一例がロングショットバイアスです。

ロングショット・バイアス( wikipedia )とは Favorite-Longshot Bias とも呼ばれ、競馬などのギャンブルで古くから観測/認識されている、本命( favorite )を過小評価する一方、大穴( longshot )を過大評価してしまうというバイアスです。このバイアスにより本命のオッズは本来あるべきオッズより高いオッズに、大穴のオッズは本来あるべきオッズより低いオッズとなります。例えば競馬を例にとると、本命のオッズは割安で大穴のオッズは割高になりやすい。実際に競馬で、(1)本命馬券のみを購入する、(2)ランダムに馬券を購入する、(3)オッズが100倍以上の馬券のみを購入する、この3つの買い方を繰り返すとそのパフォーマンスはきれいに(1)→(3)の順になるそうです。*2

この原因は2つ考えられています。ひとつはプレイヤーは risk lover であり、彼らのより高いリスクを好み、より高いオッズが好むという合理的な行動の結果であるという仮説です。もうひとつは行動学に基づく仮説です。確率に対する勘違い*3であったりプロスペクト理論ウィキペディア)で説明されるような心理的影響に左右されているという仮説です。行動経済学の研究が盛んになった近年では後者の仮説が有力とされています。*4

いずれの説であれ、結果として高いオッズは好まれやすく高い需要があることになります。つまり価格は高くなる。実はカジノはこの消費者のもつバイアスを、行動経済学が注目される遥か以前から、経験的に知っておりそれを exploit してきました。傾向としてカジノは高いオッズ、高配当が設定されたギャンブルゲームのハウスエッジは総じて高めに設定しています。そして宝くじのオッズの高さと言えば間違いなくギャンブルの中でトップクラスです。結果、宝くじのハウスエッジ=価格はどうしても高くなってしまうのです。

より安い価格を

以上、宝くじというギャンブルの価格が高くなりがちな理由を述べましたが、ではより安く商品を手に入れるにはどうすればよいのでしょうか?その方法は他と変わりません。バイアスに惑わされずに、他と比較をすることです。賢くなければならないのです。ということで、今回は前々回のエントリに対するカウンターパートとしてこのようなエントリを書きました。ギャンブルをすることは愚かではない。しかし、するならば賢くあれ。

*1:カジノから見た平均的なハウスエッジである。かならずしも固定された値ではない。

*2:必勝法ではない。このバイアスがハウスエッジを捲れるからはまた別の話。

*3:小さい確率の差はあまり気にしない、例えば「10%と20%の違いは気にするが0.01%と0.02%の差はあまり気にしない」という傾向がある。

*4:参考:Explaining the Favorite-Longshot Bias: Is it Risk-Love or Misperceptions? ⇒PDF